先日、『18歳からの選択』(フィルムアート社)を一緒に書いたNPO法人僕らの一歩が日本を変える。代表理事の後藤寛勝くんとともに、子どもの貧困が少なく、子育てしやすい国として有名なフィンランドを視察してきました。保育園・プリスクールや「レイッキプイスト」と呼ばれるフィンランド版の子ども食堂を訪れ、施設で働く人たちとディスカッションしたり、現地で暮らすお母さんにお話を聞いたりしたりして、多くを学びました。そこで得た発見を記しつつ、そこから考えるこれからの理想の教育のあり方について私見を述べてみたいと思います。
フィンランドは、1948年に、年金などの制度を整える前にいち早く児童手当を導入するなど「子ども第一主義」を貫いてきました。特に、①親の経済格差を子どもに引き継がないこと、また、②親の育児のみに頼らず社会全体で子どもを見守ることを大切にしてきました。保育園は、仕事をしていれば原則誰でも入れますし、プリスクールから大学までの授業料は無料。医療費も、公立の病院なら17歳までは無料です。
レイッキプイストで子どもの貧困を予防
中でも近年、他国からも注目されているのは、「レイッキプイスト」と呼ばれる子どもの遊び場です。首都・ヘルシンキには65箇所あり、「子どもたちにとって最も安全な場所」として市営で運営されています。施設の中も外もきちんと管理されており、子どもたちはその中で年齢に関わらずのびのびと遊びことができます。施設の中は9時から14時が、また外は9時から16時半がそれぞれ開放されていて、ここで何をして過ごしてもよいのですが、基本的には外遊びが推奨され、専門学校を卒業したお兄さん・お姉さんによって毎日、何かしらのアクティビティが企画されています。マイナス15度を超えなければ、子どもたちは喜んで外に出かけるそうです。
戦後につくられたこの施設は、当時からシェルター的な意味合いがありました。食べ物を満足にとれない子どもたちに市が軽食を与え、子どもたちは思いっきり体を動かして、健康な体をつくります。今では、6月から8月までの長い夏休みの間、0歳から16歳までの子どもたちは毎日、ここに来れば無料で昼食を食べることができるといいます。(夏休み期間外は格安でのスナック提供か、持ち込みかを選ぶことができます。)日本では、長期の休み中、家で十分な食事を取ることができず、休み明けに痩せて登校する貧困家庭の子どもたちが問題になりますが、ヘルシンキでは、こうしたことが起きないよう、予防的な措置がとられているのです。
ネウボラで虐待の予防
「ネウボラ」と呼ばれる、子育てに関するアドバイスの場もあります。ここでは、妊娠期から就学前までの子どもの成長・発達の支援や家族全体の心身の健康サポートを目的として、毎回30分から1時間かけて親子に検診や相談が行われます。表向きは育児のサポートがメインですが、実はここにも「予防」的な観点が多分に含まれています。
近年、フィンランドでは出産後の環境の変化で、産後うつ、アルコール中毒、DVなどの問題を起こす夫婦の増加が問題になっているといいます。問題を早期に発見するために、行政の機関が子どもや親の状態を定期的にチェックし、少しでも異変があった場合には指導、また児童相談所などへ送る体制が整えられているのです。さらに、4歳児検診では発達の遅れなどをチェックし、明らかに異常がある場合には、専門機関にかかるように勧められます。他国でも子育てをしていたというお母さんに話を聞くと、「発達障害児へのケアが手厚くてとても助かった」ということです。
社会との関わり方を教えるフィンランドの教育システム
このように、子どもをめぐる環境を整備し、安全・安心な子育て環境を整えているフィンランドですが、見学させていただいた保育園にせよ、レイッキプイストにせよ、共通していたのは、「子どもたちが社会で自立して生きぬくための方法を教える」とする考え方がはっきりしていることでした。
保育園・プリスクールのプログラムは全国共通したものですが、園ごとに細かい教育方針は異なっています。何より、子どもや親にどうなりたいのか・どう育てたいのかを聞き、それに従った教育が行われることがポイントです。例えば、お絵かきが得意でその力を伸ばしたいなら、それを中心に据え、絵画の手法などを教えていきます。外遊びが好きならいろいろな遊び方を教えます。学ぶ言語だって選べます。ここでは「playing(遊ぶこと)」「moving(動くこと)」「investigating(調べること)」「making art(アートをつくること)」の4つのプログラムに従って様々なことを教わりますが、「大切なのはすべてを学ぶことではなく、そうした作業を通じて他人とどう協力するか、また一人ではなく他人の力を借りてどうやって何かを成し遂げるかを学ぶことだ」(園長先生談)といいます。
レイッキプイストでも同様でした。教えるのは、社会の中で生きるためのコミュニケーションのやり方。友だちのつくり方、いじめやからかいに対処する力、挨拶の仕方などを学ぶことを通じて、子どもたちは自立し、もし何かあったらすぐに社会に助けを求められるような状態をつくっているのです。
「子ども第一主義」を地方自治体でも
フィンランドでは今、児童手当や住宅補助等以外の社会保障を統合し、月額で生活のためのお金を支給する「ベーシックインカム」の導入が議論になっているといいます。これが膨れ上がる社会保障費を見直し、さらに子どもの貧困をなくすことにつながるのかは、まだわかりません。しかし、生きるための最低限を保障するという考え方は、全ての子どもを包摂し、平等に機会を与え、自立するためのサポートをする教育システムとも通ずるものがあるし、こうした実験がどんな効果をもたらすのか、大いに期待したいと思います。
言うまでもなく、子どもはこれからの社会を担っていく一番の力です。だから、子どもこそ最も大切にしなければならないし、そこにきちんとお金もかけなければなりません。今回フィンランドを視察して、そのことが徹底され、子どものための一貫した体制が整えられていることには感銘を受けました。と同時に、日本の地方自治体でも、子どものために貧困や虐待を防ぐための予防的な措置をもっととるべきだし、何より、予算配分の仕方を含め、地方自治体の裁量で教育や子育てはもっと手厚くし、「子ども第一」のまちをつくっていくべきだと強く感じました。
<参考資料>
「子どもにやさしいフィンランドは常に「チルドレンファースト」」(『AERA』2016年7月4日号、朝日新聞出版)